日々の場所、季節の言葉、ふと残った景色を、一句ずつ置いていく個人の俳句帖です。
Story
俳句との出会い
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大学のころから、俳句という短い詩のかたちに少し興味がありました。はじめに触れたのは日本語の原文ではなく、中国語に訳された俳句でした。
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2026年の春、日本へ向かう日本航空の機内で、俳句を紹介する小さな電子書籍を読みました。俳句とは何か、何を表すものなのかをやさしく説明した本でした。十分に読み取れたわけではありません。それでも、ある一瞬の心持ちを、少ない言葉と決まった形に託すという考え方が強く残りました。
着陸が近づくころ、高い空に一輪の明月が見えました。試しに始めた日本語が、いつの間にか自分を日本へ連れてきたことが、少し夢のようでした。異国の空に来ても、月は同じでした。その気持ちから、最初の一句が生まれました。
春風や 新天地にも 同じ月
原案は「春の始まる 新しいところで日本 同じ月」。俳句の形からは遠いけれど、その時の気持ちは確かにそこにありました。 -
俳句を書くことは、日本語を学ぶひとつの方法にもなりました。はじめは場面を言葉にして、人工知能に「この景色にはどんな俳句が合うか」と尋ねるところから始まりました。助言を受けながら、単語も文法も少しずつ覚えていきました。
来日して五日目の午後、荒川土手を歩いているとき、自分の俳句を置いておく場所を作ろうと思いました。それが、この樹の句帖の始まりです。毎日の新しい発見を、まだ拙い日本語で一句にし、人工知能の添削と対話しながら続けました。
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その後、図書館で俳句の本を借り、少しずつ本格的に学び始めました。2026年4月19日には、足立区のやよい図書館で開かれた俳句サロンにも参加しました。日本語はまだ十分ではありませんでしたが、参加者のみなさんは親切で、特に青樹先生からいただいた励ましと助言は、大きな支えになりました。
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いまも月一回のサロンに通いながら、旅行先でも句を試みています。2026年8月、JLPTの教材を買いに行ったとき、小川軽舟先生の『俳句の仕組み』を一冊買いました。図書館で借りる本はいつか返しますが、手元に置ける一冊ができたことで、いつでも戻れる学びの場所ができました。